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更新日: 2026年9月24日
小説『ある閉ざされた雪の山荘で』感想|演技か現実か、最後まで揺らぐ真相
東野圭吾著『ある閉ざされた雪の山荘で』の感想。役者7人に与えられた奇妙な課題、演技と現実の境界、最後まで犯人を絞れない展開を振り返ります。
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こんにちは、Dancing Shigekoです!
目の前の事件は、演技なのか。それとも本当に起きているのか。
今回は小説『ある閉ざされた雪の山荘で』を紹介します!
※この記事では物語の結末を含む内容に触れています。
基本情報
- 著者:東野圭吾
- 出版社:講談社文庫
- 出版年:1996年
- ページ数:306ページ
登場人物
久我和幸
東郷陣平の新作へ出演するオーディションに合格した役者。本作では久我の独白が描かれる。
雨宮京介
参加者をまとめるリーダー的な男性。
笠原温子/中西貴子/本多雄一/元村由梨江/田所義雄
久我、雨宮とともにオーディションへ合格し、山荘へ集められた役者たち。
作品の内容
著名な演出家・東郷陣平の新作へ出演するオーディションに合格した男女7人が、長野県の乗鞍高原にあるペンションへ集められる。そこは「雪に閉ざされた山荘」という設定で、外部と連絡を取らず、与えられた指示に従って演技をするよう求められていた。
演出家は姿を見せず、参加者には詳しい説明もないまま宿泊生活が始まる。そして最初の夜、一人の役者が姿を消す。残された者たちは、それが課題としての殺人事件なのか、本当の事件なのか分からないまま推理を始めるのだった。
・演技と現実の境界が消えていく
集められた7人は、全員が役者として成功する機会を求めている。東郷の作品で結果を残せば、その後の道が大きく開ける。その期待があるため、奇妙な指示にも従い、山荘で起きる出来事を演技の一部として受け入れようとする。
殺人事件が起きても、彼らは「本当にこの場にいたらどう行動するか」を話し合い、役を演じようとする。しかし、相談して行動を決めている時点で自然な演技とは違うようにも感じる。東郷が何を見ようとしているのか、その目的も分からない。
人が消えるたびに、これは設定にすぎないという考えと、本当に危険なことが起きているという疑いがぶつかる。役者だからこそ演技を疑い、役者だからこそ相手の振る舞いを信用できない。その構造が独特だった。
・犯人を絞り切れない面白さ
初日の夜に一人が消え、二日目の夜にも次の事件が起きる。参加者はアリバイを確認し、残った者の中から犯人を探そうとする。人数が減れば候補も減るはずなのに、推理はかえって難しくなっていく。
久我と本多にはアリバイがあるように見える。残る人物にも、体格や人間関係から犯行が難しそうな理由がある。消去法で一人へ絞れそうになっても、その人物が犯人とは思えない描写が現れ、考え直すことになる。
独白を続ける久我まで疑わしく見えるため、読者が安心して立てる場所がない。ヒントが少ないのではなく、演技という前提がすべての行動を疑わしくしているのだと思う。
・最後にひらりと騙される
注目するのは、起きたことが芝居なのか現実なのか、そして誰が何のために動いていたのかという点。物語は読者にも真相が見えているような形で進む。それでも最後に、理解していたはずの出来事の意味が変わる。
結末は、自分が読んだ東野圭吾作品の中でも珍しいものに感じた。予想外でありながら、それまでの描写を否定するのではなく、別の見方を差し出してくる。読み終えてから題名や設定を振り返りたくなる構成だった。
演技と現実の境界を利用し、最後まで読者の立ち位置を揺らし続ける。分かっていたつもりの真相から、最後にひらりと逃げられるような作品でした!
それでは、また次回!